再発からの出発 〔全4回〕 関原 健夫さん
39歳でのがん告知、冷静に受け止めるも、手術が終わってから怖さが分かってくる。知人とのやりとりの中で現実を直視し、実感として受け入れた―――
関原 健夫さん- がん対策推進協議会 委員
39歳、ニューヨークでのがん告知
―――39歳の時にニューヨークでがんの告知を受けた際、どのような気持ちでそれを受け止められたのでしょうか。
実は告知を受ける半年ほど前から、少しお腹が張る、便秘になるなどの自覚症状がありました。たまたま日本からの雑誌で「大腸におけるポリープとがん」という記事を目にし、そこに記載されていた症状と自分の症状が非常に似ていたので、「自分は大腸がんなんじゃないか」という予感があったのです。病院でアメリカ流に率直に「がんだ」と言われたときに、ショックは多少ありましたが、やはりがんであったかという風に割と冷静に受け止めたと記憶しております。
冷静だったもう他の理由は、4年程前に私の父が胃がんの早期発見で手術をし、その後非常に元気にしていたので、早期発見であれば大丈夫だと思っていたのかもしれませんし、そもそも年が若かったため、がんの本当の怖さが分かっていなかったのかもしれません。
ですから告知の際は、ショックはショックでしたが、それで頭が真っ白になるというようなことはなく、むしろ、アメリカで手術をしろと言われ、アメリカの病院で手術をするというのがどういうことなのかを含め当座の対応に混乱したというのが事実です。その手術が終わってから本当にがんの怖さというのが後で分かってきたというのが本当の所です。
―――関原さんは『がん六回 人生全快―現役バンカー16年の闘病記』で、当時ニューヨークで乳がんの再々発と闘っていたジャーナリストの千葉敦子さんとのやりとりを通じて、「現実をより一層直視する」ようになったと書かれています。
千葉敦子さんからの手紙には生存率に関する英語の文献が同封されていました。やはり人間というのは耳だけで、しかも英語で「Your five-year-survival rate is ...(あなたの5年生存率は)」と聞かされるより、直接目で追って読むと受け止め方が全然違うものです。そして、「あなたの病状を一言で言えば、あなたは早晩死は免れない」と彼女が言ったのです。やはり目で見て、聞いて、言葉を交わして、初めて実感として極めて深刻に受け止めることができたのです。その意味で、非常に感謝しています。
関原健夫(せきはら たけお)さん
銀行員時代、39歳でニューヨーク赴任中に大腸がんの告知を受け、手術。その後、数度の再発、そして計6回の手術を乗り越える。がん対策推進協議会委員。日本対がん協会理事。現在は、日本インベスター・ソリューション・アンド・テクノロジー株式会社取締役社長。著書に「がん六回 人生全快 現役バンカー16年の闘病記」。
更新日:2009年08月31日


