地域から命をみつめて 〔全3回〕 前川 育さん
家族と自分のがんを通じて見えてきたあるべきがん医療。どこでも誰でもホスピスケアを受けられる社会を目指して――
前川 育さん- がん対策推進協議会委員 周南いのちを考える会代表
息子の死、そして3度のがん体験を経て
--前川さんは、どういったきっかけで、がん対策に関わるようになったのでしょうか。
1981年、6歳だった長男を急性骨髄性白血病で亡くしました。私も1996年胃がんになり、その3年後に残胃がんがわかって再手術を受けました。また、2000年には甲状腺がんが見つかりました。
がんの治療で入院したときには4人部屋だったのですが、10代の方も含めて同室の女性たちが何人も亡くなっていかれました。10年近く前なので、いまとはちょっと違いますけど、当時は痛みのコントロールも満足にしてもらえず、痛みがひどくても我慢して我慢して、ナースコールを押すのも遠慮している姿を目の当たりにしたのです。緩和ケアが普及してきたのは本当に最近ですから、夜中にテレビだけはつけて、じっと座ってうずくまって痛みに耐えている姿も見ました。
そういう姿を見ていて、ものすごく大変なんだなぁと実感し、退院してから半年ぐらいたったとき、友人たちと話していて、近くにホスピスがあったらいいねという話になりました。そして、2001年、山口県東部へのホスピス設置を求めて「周南いのちを考える会」を立ち上げたのです。会員には患者体験者もいますが、医療関係者や一般市民も多い市民運動の会です。
入院中、亡くなっていかれた方たちは、痛みを我慢していただけではなく、家族の方々とのお別れもできていない状態でした。いまの病状をきちんと知らされていないので、まさか自分が亡くなると思っておられない。だから、遠くのご実家のお父さん、お母さんも意識のあるうちには呼べない。意識がなくなってから、お父さん、お母さんが来られましたけど、それでは本人も、残った家族にも悔いが残りますよね。40代でお子さんがいらっしゃるのに、本人が自分の病状をきちんと知らされていないから、お別れができていない方もいました。急にお母さんがいなくなったような状態は、子どもさんたちがこれから生きていくのにプラスにはならないし、やっぱり悔いが残ると思います。
また、私と同じような年代で、小学生の子どもさんを残して亡くなられた方もいました。その方は肝臓がんだったのですが、きちんと説明を受けていないから、肝臓が2つあると思っていたそうです。病状が悪化して救急車で運ばれて入院し、そのまま亡くなりましたが、病状をきちんと知らされていたら、状態がいいときに家へ帰って、片付けたいものを処理するなど最低限のことができたと思います。それもできないまま亡くなっていかれました。
そういう方を何人も見て、ご本人も悔いが残らないように、そして、亡くなった家族の方もその後の人生を元気に生きていくためには最期の時間がすごく大切ではないかなと強く感じました。その頃、一般病棟はひどい状況だったので、最期の時間を家族と過ごすには、やっぱり緩和ケア病棟がほしい、どこでも誰でもホスピスケアを受けられる社会にしたいと考えたのです。
--それまで市民運動などのご経験はあったのですか。
いえいえ、私は専業主婦でもともとおとなしい性格で、子どもの学校のPTA活動でさえあまり関わったことがありませんし、人前で話すのも苦手でした。友達の家へ行くのさえ迷惑かなと思って遠慮するようなタイプで、積極性がまったくと言っていいほどありませんでした。それが、3度もがんの治療を受け、苦しんで亡くなっていく方たちを見ながら、自分の死というものを何度も考えました。死が常に頭にあると、ある程度人間が強くなります。そのお陰で、人前で話すのにも慣れましたし、活動ができたのかもしれません。それでも最初は代表になるつもりはなかったのですが、患者当事者が代表になったほうが説得力は強いと言われて引き受けました。
それから、これは後から気づいたのですが、ホスピスがなかなかできなくて、それでもあきらめきれない、何とかしなきゃと頑張れたのは、やはり、白血病で亡くなった息子のことがあったからだと思います。息子が治療を受けた病院というのは劣悪で、抗がん剤を始めてから、お宅の息子さんは急性骨髄性白血病で亡くなりますと、初めて病状説明をされたんですよ。その後、私の実家がある愛媛県松山市の病院へ転院し、最期を過ごした小児科病棟は、いま思えば生活の場でありホスピスのようなところでした。
前川 育(まえかわ・いく)さん
3度のがん体験から、どこでも誰でもホスピスケアが受けられる社会を目指して、2001年に「周南いのちを考える会」を設立。2008年山口県在宅緩和ケア対策推進連絡協議会委員、2009年2月健康やまぐち21・がん対策分科会委員。同6月からは、国のがん対策推進協議会委員を務める。
更新日:2009年12月25日


