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「全国がんサロン交流会in島根」参加レポート

全国初 がんサロン交流会が島根県で開催

全国がんサロン交流会は2009年9月21日、島根県出雲市で開催された。「がんサロンの誕生“パワーと秘訣”」と題された第1回目のがんサロン全国大会には、30の都道府県から参加者が集まった。がん対策における先駆的事例としてしばしば紹介される「島根モデル」がどのように成り立ってきたのかを学べる貴重な機会となった。

 全国がんサロン交流会では、開会の前に、がんと闘い、島根県のがん医療向上のために声をあげた2人の患者の姿をドキュメントとしてまとめた2本のDVDが放映された。

 島根県におけるがん対策は予算規模も大きく、多様なステークホルダー(関係者)を巻き込んでいることから、先駆的な事例としてしばしば紹介される。後にこの「島根モデル」の布石となる2人の患者の名は、交流会の中でも当たり前のように、すべての登壇者の口から聞こえてきた。

 そのうちの1人は、佐藤均さんである。佐藤さんは、自身が望む抗がん剤治療を受けようとしたところ、医療制度上の混合診療の壁や東京都内と島根県との医療格差に直面した。国や県、医療機関に対して、島根県でも最良のがん医療が受けられるよう働きかけをしながら、自分と同じようにがんに悩んでいる患者の声にも耳を傾けた。「患者が変われば医療が変わる」という佐藤さんの呼びかけは、多くのがん患者の心を一つにした。佐藤さん亡き後、佐藤さんの妻はサロンと呼ばれる患者同志が悩みを語り合う場を、出雲市で開設した。

 もう1人は、三成一琅さんだ。佐藤均さんに出会い、サロン普及の一翼を担った。三成さんは松江市民病院のサロン運営に携わりながら、自身が毎週のサロンを楽しみにしていた。患者が患者を励まし癒す仕組みが、医療提供者を巻き込んで、がんと闘う知識と勇気を得られる場所に発展していった。三成さんは厚生労働省のがん対策推進協議会の患者代表委員として活躍した。その最期を迎えるとき、かたわらで三成さんのこれまでの尽力をねぎらっていたのはサロンの仲間と、佐藤均さんを支えた妻の愛子さんだった。佐藤愛子さんこそ、今回の全国がんサロン交流会の会長を務めたその人である。

交流会冒頭のあいさつをする佐藤愛子さん 佐藤愛子さんは、交流会冒頭のあいさつで、関係者への感謝の気持ちを語った。交流会は9人のパネリストより、それぞれの取り組みの発表が行われた。

 山陰放送の谷田人司さんは、報道記者として、カメラマンだった佐藤均さんと行動を共にしていた。自ら持病を抱えながらも「がん医療を変えるのは患者の勇気」として精力的な報道を続けている。

 山陰中央新報社の山根行雄さんは、佐藤均さんや三成さんの遺志を継いでサロン普及に尽力している納賀良一さん(島根県がん対策推進協議会委員)との出会いをきっかけにサロンの取材を始めたという。納賀さんが住む益田市を中心に、紙面での応援を続けている。

 島根県のがん対策推進条例の立役者の1人である島根県議会議員の佐々木雄三さんは、全国初のがん条例制定のエピソードを語ってくれた。条例制定には、がん対策推進議員連盟が大きな役割を果たし、一度は県に断られた条例案を議会承認まで導いたという。

 島根県健康福祉部の牧野由美子さんは、島根県側から見たこれまでの取り組みを説明した。県は一度患者からの条例制定の相談を断ったものの、今では「全国初のがん対策推進条例」に誇りを持ち、患者・家族との連携を深めながら、島根のがん対策向上を誓っている。

がんサロンの様子(同日開催の見学会にて撮影) 益田赤十字病院副院長の岸本弘之さんは、病院内で開催される「ほっとサロン益田」と病院との連携について話してくれた。サロンの開催によって患者さんの心のケアができるようになっただけでなく、職員の行動も変わってきたという。サロンの開設をきっかけに立場を超えた交流を持ち、相互理解が深まった事例を聞くことができた。

 あさひまちクリニック院長の小林淳子さんは、三成さんとの出会いを経て、東京の国立がんセンターでの研修を経験した。都心と地方との格差を肌で感じ、島根のがん医療への思いを新たにしたという。サロンへも講師として出向き、主治医でない医師としての助言をするなど、精力的な取組を報告した。

 島根県立短期大学教授である平野文子さんは、看護教育者として、自らがぶつかった壁を打破すべく、サロンの門を叩いたそうだ。教科書には書かれていない現場の声を聞く機会が得られ、教壇に立つ自信を取り戻したという。その貴重な学びの場が、今は看護学生に提供されていることを報告してくれた。サロンで学んだ看護学生は、午前中に催されたサロン見学会で、参加者を誘導するボランティアとして活躍していた。

がんサロンの様子(同日開催の見学会にて撮影) ウェルネス湖北社長の村上正一さんは、自らが経営するドラッグストアでトイレットペーパーの売上の一部をがん対策募金に寄付している。店頭でのチラシ配布や乳がんのセルフチェック指導など、様々な試みをしてきた。

 最後に報告を行ったのは、松江連合青果の福田修久さん。がん対策募金にバナナの売上の一部が貢献していることを報告してくれた。これは、「バナナ募金」と呼ばれ、島根県全域でがん対策募金に参加できる仕組みができていることを説明した。

 コーディネーターである読売新聞の本田麻由美さんは、サロンが患者に与える良い効果と比較して、国の相談支援センターの活用が進んでいないことを指摘した。納賀さんは総括して、島根で育ててきたサロンがようやく成人式を迎えられた、として、今後のさらなる充実と全国への普及への意気込みを話した。

 「全国がんサロン交流会in島根」に参加し、がん対策優良県と称される島根には、いったい何があるのか、肌で感じることができたような気がした。交流会では、予算規模の大小の話はほとんどなかった。目の当たりにしたのは、県全体で立場を超えて前向きにがん対策に向き合っている姿だった。国や県の施策に頼るばかりでなく、自らの環境を改善すべく様々な仕組みをつくる島根県の患者の強さと、それを支える県民のサポート体制が確かに島根にはある。今は亡き先人を尊び、その功績を語り、遺志を継ごうとする人が島根にはこんなにも多くいるのかと感じたことが強く印象に残っている。

(市民医療協議会 沢口 絵美子)




 

更新日:2009年10月13日

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